火曜日, 9月 25, 2007

消えゆく老北京の象徴―胡同(フートン



消えゆく老北京の象徴―胡同(フートン)
 胡同(こどう)、中国語ではフートンと発音する。これに関する語源は諸説があるが、モンゴル語から出ている説がもっとも有力であり、井戸を意味する“xuttuk”の音訳から来たそうだ。主に北京の下町を中心に点在する細い路地のことである。北京には、伝統的な家屋建築である四合院(スーハーイエン)が胡同に面し、古きよき時代の北京を偲ばせる。

 そもそも現在の北京に首都としての建設が始まったのは西暦1267年の元朝。当時の規定では、幅二十四歩(約37.2m)を大街、十二歩(約18.6m)を小街、六歩(約9.3m)を胡同としている。のちに明朝三代皇帝永楽帝が南京からこの地に都を移した際、大都を基礎として北京城を形成したが、城内のほとんどの道路は大都からそのまま継承した。
 しかし明代以降道路建設に関する規定はほぼ無くなり、不規則な路地が多数出現した。十二代嘉靖帝の時代に、北京城の南側に補強する形で外城の建設が始まって以降はさらにその数を増やしていった。清朝の頃には2076本、1949年の統計では6,000本以上存在したとされている。


 古くからの北京の街並みが残っていることから、近年は観光スポットとして内外から、主に海外からの観光客から人気を集めており、三輪車(輪タク)での胡同めぐりが、新たな観光手段として注目を浴びている。旧市街(旧城内)の北部や外城部を中心に、いまでも多くの胡同が残っており、北京一のメインストリート、王府井(ワンフージン)あたりでも、一歩裏通りに入ると胡同が残されている。そのような地区では共同トイレを持ち回りで清掃する人や、台所のない家の住民向けの安価な食事場所である「小吃」(軽食堂)などが見られ、胡同に住む民家の生活が垣間見られる。しかし、胡同の家の多くは各住居にトイレを持たず(台所を持たない家も多い)、そのために胡同ごとに共同管理のトイレを設置しているが不便なことは否めず(胡同の共同トイレは、日本人にはショックな壁なしトイレがほとんど)、近年の中国の経済発展や2008年の北京オリンピックに向けての再開発に伴い、国から認定された一部の地区を除き、改築されていくものと思われる。

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